火※[#「竹かんむり/助」、第3水準1−89−65]を安寿の額に十文字に当てる。安寿の悲鳴が一座の沈黙を破って響き渡る。三郎は安寿を衝き放して、膝の下の厨子王を引き起し、その額にも火※[#「竹かんむり/助」、第3水準1−89−65]を十文字に当てる。新たに響く厨子王の泣き声が、ややかすかになった姉の声に交じる。三郎は火※[#「竹かんむり/助」、第3水準1−89−65]を棄てて、初め二人をこの広間へ連れて来たときのように、また二人の手をつかまえる。そして一座を見渡したのち、広い母屋《おもや》を廻って、二人を三段の階《はし》の所まで引き出し、凍《こお》った土の上に衝き落す。二人の子供は創《きず》の痛みと心の恐れとに気を失いそうになるのを、ようよう堪え忍んで、どこをどう歩いたともなく、三の木戸の小家《こや》に帰る。臥所《ふしど》の上に倒れた二人は、しばらく死骸《しがい》のように動かずにいたが、たちまち厨子王が「姉えさん、早くお地蔵様を」と叫んだ。安寿はすぐに起き直って、肌《はだ》の守袋《まもりぶくろ》を取り出した。わななく手に紐《ひも》を解いて、袋から出した仏像を枕もとに据《す》えた。二人は
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