頼んだ。
 大夫は知れきったことを問われたように、少しもためらわずに船路を行くことを勧めた。陸を行けば、じき隣の越中の国に入る界《さかい》にさえ、親不知子不知《おやしらずこしらず》の難所がある。削り立てたような巌石の裾《すそ》には荒浪《あらなみ》が打ち寄せる。旅人は横穴にはいって、波の引くのを待っていて、狭い巌石の下の道を走り抜ける。そのときは親は子を顧みることが出来ず、子も親を顧みることが出来ない。それは海辺《うみべ》の難所である。また山を越えると、踏まえた石が一つ揺《ゆる》げば、千尋《ちひろ》の谷底に落ちるような、あぶない岨道《そわみち》もある。西国へ往くまでには、どれほどの難所があるか知れない。それとは違って、船路は安全なものである。たしかな船頭にさえ頼めば、いながらにして百里でも千里でも行かれる。自分は西国まで往くことは出来ぬが、諸国の船頭を知っているから、船に載せて出て、西国へ往く舟に乗り換えさせることが出来る。あすの朝は早速船に載せて出ようと、大夫は事もなげに言った。
 夜が明けかかると、大夫は主従四人をせき立てて家を出た。そのとき子供らの母は小さい嚢《ふくろ》から金を出し
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