ているのが、誰の目にも珍らしく、また気の毒に感ぜられるのである。
道は百姓家の断《た》えたり続いたりする間を通っている。砂や小石は多いが、秋日和《あきびより》によく乾いて、しかも粘土がまじっているために、よく固まっていて、海のそばのように踝《くるぶし》を埋めて人を悩ますことはない。
藁葺《わらぶ》きの家が何軒も立ち並んだ一構えが柞《ははそ》の林に囲まれて、それに夕日がかっとさしているところに通りかかった。
「まああの美しい紅葉《もみじ》をごらん」と、先に立っていた母が指さして子供に言った。
子供は母の指さす方を見たが、なんとも言わぬので、女中が言った。「木の葉があんなに染まるのでございますから、朝晩お寒くなりましたのも無理はございませんね」
姉娘が突然弟を顧みて言った。「早くお父うさまのいらっしゃるところへ往《ゆ》きたいわね」
「姉えさん。まだなかなか往《い》かれはしないよ」弟は賢《さか》しげに答えた。
母が諭《さと》すように言った。「そうですとも。今まで越して来たような山をたくさん越して、河や海をお船でたびたび渡らなくては往かれないのだよ。毎日精出しておとなしく歩かなくては
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