は心譽一鐵信士である。此人の代に、「寛政五|丑年《うしどし》より暫の間三人半扶持御減し當時三人半被下置」と云ふことになつた。一鐵の歿年は二種の過去帳が記載を殊《こと》にしてゐる。文化三年十一月六日とした本は手入の迹《あと》の少い本である。他の一本は此年月日を書してこれを抹殺《まつさつ》し、傍《かたはら》に寛政八年十一月六日と書してある。前者の歿年に先つこと一年、文化二年に水戸家では武公|治紀《はるとし》が家督相續をした。
 十代は二種の過去帳に別人が載せてある。誓譽淨本居士としたのが其一で、他の一本には此《こゝ》に淨譽了蓮信士《じやうよれうれんしんし》が入れて、「十代五郎作、後《のち》平兵衞」と註してある。淨本は文化十三年六月二十九日に歿した人、了蓮は寛政八年七月六日に歿した人である。今|遽《にはか》に孰《いづ》れを是なりとも定め難いが、要するに九代十代の間に不明な處がある。淨本の歿した年に、水戸家では哀公|齊脩《なりのぶ》が家督相續をした。
 これよりして後の事は、手入の少い過去帳には全く載せて無い。これに反して他の一本には、壽阿彌の五郎作が了蓮の後を襲《つ》いで眞志屋の十一代目とな
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