ものは皆馬鹿だと思つてゐる。軍人も皆馬鹿だと思つてゐる。そこでそんな人物の前では気の詰まるといふ心持がないからである。
「今君は何をさう念入りに考へてゐたのだね」と、医学士は云つて、腹の中では、こん度もきつと丁寧な、恭《うや/\》しい返辞をするだらうと予期してゐた。言つて見れば、「いゝえ、別になんにも考へてはゐませんでした」なんぞと云ふだらうと思つたのである。
 ところが、見習士官はぢつと首をうな垂れた儘にしてゐて、「死の事ですよ」と云つた。
 ソロドフニコフはも少しで吹き出す所であつた。此男の白つぽい顔や黄いろい髪と、死だのなんのと云ふ、深刻な、偉大な思想とは、奈何《いか》にも不吊合に感ぜられたからである。
 意外だと云ふ風に笑つて、学士は問ひ返した。「妙ですねえ。どうしてそんな陰気な事を考へてゐるのです。」
「誰だつて死の事は考へて見なくてはならないわけです。」
「そして重い罪障を消滅する為めに、難行苦行をしなくてはならないわけですかね」と、ソロドフニコフは揶揄《からか》つた。
「いゝえ、単に死の事丈を考へなくてはならないのです」と、ゴロロボフは落ち着いて、慇懃な調子で繰り返した。
「例之《たとへ》ばわたしなんぞに、どうしてそんな事を考へなくてはならない義務があるのですか」と、ソロドフニコフは右の膝を左の膝の上に畳《かさ》ねて、卓の上に肘を撞きながら、嘲弄《てうらう》する調子で云つた。そして見習士官の馬鹿気た返事をするのを期待してゐた。見習士官だから、馬鹿気た返事をしなくてはならないと思ふのである。
「それは誰だつて死ななくてはならないからです」と、ゴロロボフは前と同じ調子で云つた。
「それはさうさ。併しそれ丈では理由にならないね」と、学士は云つて、腹の中で、多分此男は本当のロシア人ではあるまい、ロシア人がこんなはつきりした、語格の調つた話をする筈がないからと思つた。
 そしてこの色の蒼い、慇懃な見習士官と対坐してゐるのが、急に不愉快になつて、立つて帰らうかと思つた。
 ゴロロボフは此時「わたくしの考へでは只今申した理由丈で十分だと思ふのです」と云つた。
「いや。別に理由が十分だの不十分だのと云つて、君と争ふ積りもないのです」と、ソロドフニコフは嘲るやうに譲歩した。そして不愉快の感じは一層強くなつて来た。それは今まで馬鹿で了簡の狭い男だと思つてゐた此見習士官が、
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