や業務と、丸で不吊合だと感ぜられたのである。
 卓の上には清潔な巾《きれ》が掛けて、その上にサモワルといふ茶道具が火に掛けずに置いてある。その外、砂糖を挾む小さい鉗子《かんし》が一つ、茶を飲む時に使ふ匙が二三本、果物の砂糖漬を入れた硝子《ガラス》壺が一つ置いてある。寝台の上には明るい色の巾が掛けてある。枕は白い巾に縫ひ入れのあるのである。何もかもひどく清潔で、きちんとしてある。その為めに却つて室内が寒さうに、不景気に見えてゐる。
「お茶を上げませうか」と、見習士官が云つた。
 ソロドフニコフは茶が飲みたくもなんともないから、も少しで断るところであつた。併し茶でも出させなくては、為草《しぐさ》も言草もあるまいと思ひ返して、「どうぞ」と云つた。
 ゴロロボフは茶碗と茶托とを丁寧に洗つて拭いて、茶を注いだ。
「甚だ薄い茶で、お気の毒ですが」と云つて、学士に茶を出して、砂糖漬の果物の壺を押し遣つた。
「なに、構ふもんですか」と、ソロドフニコフは口で返事をしながら、腹の中では、「そんな事なら、なんだつて己をここへ連れ込んだのだ」と思つた。
 見習士官は両足を椅子の脚の背後《うしろ》にからんで腰を掛けてゐて、器械的に匙で茶を掻き廻してゐる。ソロドフニコフも同じく茶を掻き廻してゐる。
 二人共黙つてゐる。
 此時になつて、ソロドフニコフは自分が主人に誤解せられたのだと云ふことに気が附いた。見習士官は杖で窓を叩かれて、これは用事があつて来たのだなと思つたに違ひない。そこで変な工合になつたらしい。かう思つて、ソロドフニコフは不愉快を感じて来た。今二人は随分馬鹿気た事をしてゐるのである。お負にそれがソロドフニコフ自身の罪なのである。体が達者で、身勝手な暮しをしてゐる人の常として、こんな事を長く我慢してゐることが出来なくなつた。
「ひどい天気ですな」と会話の口を切つたが、学士は我ながら詰まらない事を言つてゐると思つて、覚えず顔を赤くした。
「さやうです。天気は実に悪いですな」と、見習士官は早速返事をしてしまつて、跡は黙つてゐる。ソロドフニコフは腹の中で、「へんな奴だ、廻り遠い物の言ひやうをしやがる」と思つた。
 併しこの有様を工合が悪いやうに思ふ感じは、学士の方では間もなく消え失せた。それは職業が医師なので、種々な変つた人、中にも初対面の人と応接する習慣があるからである。それに官吏といふ
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