ソロドフニコフは肩を聳やかして叫んだ。そして室内の空気が稠厚《ちうこう》になつて来て、頭痛のし出すのを感じた。
「いゝえ。死刑だつて或る法則に循《したが》つて行はれるものです。その法則が自然から出てゐたつて、自然以外の或る威力から出てゐたつて、同じ事です。そして自然以外の威力は可抗力なのに、自然は不可抗力ですから、猶更堪へ難いのです。」
「それはさうです。併し我々は死ぬる月日は知らないのですからね」と、学士は不精不精に譲歩した。
「それはさうです」とゴロロボフは承認して置いて、それからかう云つた。「併し死刑の宣告を受けた人は、処刑の日を前知してゐる代りには、いよいよ刑に逢ふまで、若し赦免になりはすまいか、偶然助かりはすまいか、奇蹟がありはすまいかなんぞと思つてゐるのです。死の方になると、誰も永遠に生きられようとは思はないのです。」
「併し誰でもなる丈長く生きようと思つてゐますね。」
「そんな事は出来ません。人の一生涯は短いものです。其に生きようと思ふ慾は大いのです。」
「誰でもさうだと云ふのですか」と、嘲笑を帯びて、ソロドフニコフは問うた。そして可笑しくもない事を笑つたのが、自分ながらへんだと思つた。
「無論です。或るものは意識してさう思ふでせう。或るものは無意識にさう思ふでせう。人の生涯とは人そのものです。自己です。人は何物をも自己以上に愛するといふことはないのです。」
「だからどうだと云ふのですか。」
「どうも分かりません。先生は何をお尋ねなさるのでせう」とゴロロボフが云つた。
ソロドフニコフはこの予期しない問を出されて、思量の端緒を失つてしまつた。そして暫くの間は、茫然として、顔を赤くして見習士官の顔を見てゐて、失つた思量の端緒を求めてゐた。然るにそれが獲られない。それに反して、今ゴロロボフが多分己を馬鹿だと思つてゐるだらう。己を冷笑してゐるだらうと思はれてならない。さう思ふと溜まらない心持になる。そして一旦は真蒼になつて、その跡では真赤になつた。太つた白い頸に血が一ぱい寄つて来た。間もなくこの憤懣の情が粗暴な、意地の悪い表情言語になつて迸《ほとばし》り出た。わざと相手を侮辱して遣らうと思つたのである。学士は自分の顔を、ずつと面皰《にきび》だらけのきたない相手の顔の側へ持つて行つて、殆ど歯がみをするやうな口吻《こうふん》で、「一体君はなんの為めにこんな馬鹿な
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