落だ」と、ソロドフニコフは云つた。そしてポケツトから葉巻入れを出して、葉巻に一本火を附けて帰らうとした。
 その時ゴロロボフが云つた。「わたくしが昔から人の言はない、新しいことを言はなくてはならないといふ道理はございません。わたくしはたゞ正しい思想を言ひ表せば宜しいと思ひます。」
「ふん。なる程」と、ソロドフニコフは云つて、今の場合に、正しい思想といふことが云はれるだらうかと、覚えず考へて見た。それから「それは無論の事さ」と云つたが、まだ疑が解けずにゐた。さて「併し死に親むまでにはたつぷり時間があるから、その間に慣れれば好いのです」と結んだ。かう云つて見たが、どうも自分の言ふべき筈の事を言つたやうな心持がしないので、自分に対してではなく、却つて見習士官に対して腹を立てた。
「わたくしの考へでは、それは死刑の宣告を受けた人に取つては、慰藉とする価値が乏しいやうです。宣告を受けた人は刑せられる時の事しか思つてゐないでせう。」かう云つて置いて、さも相手の意見を聞いて見たいといふやうな顔をして学士を見ながら、語り続けた。その表情が顔の恰好に妙に不似合に見えた。
「それとも先生はさうでないとお思ひですか。」
 医学士はこの表情で自分を見られたのが、自尊心に満足を与へられたやうな心持がした。そこで一寸考へて見て、口から煙を吹いて、項《うなじ》を反らして云つた。「いや。わたしもそれはさうだらうと思ふ。無論でせう。併し死刑といふものは第一に暴力ですね。或る荒々しい、不自然なものですね。それに第二にどちらかと云へば人間に親んでゐるのは」と云ひ掛けた。
「いゝえ。死だつても矢張不自然な現象で、或る暴力的なものです」と、見習士官は直ぐに答へた。丁度さう云ふ問題を考へてゐた所であつたかと思はれるやうな口気《こうき》である。
「ふん。それは只空虚な言語に過ぎないやうですな」と、毒々しくなく揶揄《からか》ふやうに、ソロドフニコフが云つた。
「いゝえ。わたくしは死にたくないのに死ぬるのです。わたくしは生きたい。生き得る能力がある。それに死ぬるのです。暴力的で不自然ではありませんか。実際がさうでないなら、わたくしの申す事が空虚な言語でせう。所が、実際がさうなのですから、わたくしの申す事は空虚な言語ではありません。事実です。」ゴロロボフは此詞を真面目でゆつくり言つた。
「併し死は天則ですからね」と、
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