んでからも隣同士話が出来そうじゃ」と云った。
 土居は忽ち身を跳《おど》らせて瓶の中に這入って叫んだ。
「横田君々々々。なかなか好い工合じゃ」
 竹内が云った。
「気の早い男じゃ。そう急がんでも、じきに人が入れてくれる。早く出て来い」
 土居は瓶から出ようとするが、這入る時とは違って、瓶の縁は高し、内面はすべるので、なかなか出られない。横田と竹内とで、瓶を横に倒して土居を出した。
 二十人は本堂に帰った。そこには細川、浅野両藩で用意した酒肴《しゅこう》が置き並べてある。給仕には町から手伝人が数十人来ている。一同挨拶して杯を挙げた。前に箕浦に詩を貰った人を羨《うらや》んで、両藩の士卒が争って詩歌を求め、或は記念として身に附いた品を所望する。人々はかわるがわる筆を把《と》った。又記念に遣る物がないので、襟《えり》や袖《そで》を切り取った。

 切腹はいよいよ午《うま》の刻からと定められた。
 幕の内へは先ず介錯人《かいしゃくにん》が詰めた。これは前晩大阪長堀の藩邸で、警固の士卒が二十人のものに馳走をした時、各相談して取り極《き》めたのである。介錯人の姓名は、元六番隊の方で箕浦のが馬淵《まぶ
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