も」
一同の気色《けしき》は凄《すさま》じくなって来た。
小南は色を和《やわら》げた。
「いや。先の詞は失言であった。一応評議した上で返事をいたすから、暫く控えておれ」
こう云って起って、奥に這入った。
一同奥の間を睨んで待っていたが、小南はなかなか出て来ない。
「どうしたのだろう」
「油断するな」
こんなささやきが座中に聞える。
良《やや》暫くして小南が又出た。そして頗《すこぶ》る荘重な態度で云った。
「只今のおのおのの申条[#「おのおのの申条」は底本では「おのおの申条」と誤記]《もうしじょう》を御名代に申し上げた。それに就いて御沙汰があるから承れ。抑々《そもそも》この度の事件では、お上御両所共非常な御心痛である。太守様は御不例の所を、押して長髪のまま大阪へお越になり、直ちにフランス軍艦へ御挨拶にお出になって、そのまま御帰国なされた。君|辱《はずか》しめらるれば臣死すとも申すではないか。おのおの御沙汰を承った上で、仰せ付けられた通、穏かに振舞ったら宜しかろう。これから御沙汰じゃ。この度堺表の事件に就いては、外国との交際を御一新あらせられる折柄、公法に拠って御処置あらせられる次第である。即ち明日堺表に於て切腹仰せ付けられる。いずれも皇国のためを存じ、難有くお受いたせ。又歴々のお役人、外国公使も臨場せられる事であるから、皇国の士気を顕《あらわ》すよう覚悟いたせ」
小南は沙汰書を取り出して見ながら、こう演説した。太守様と云ったのは、当主土佐守豊範を斥《さ》したのである。
十六人は互に顔を見合せて、微笑を禁じ得なかった。竹内は一同に代って答えた。
「恩命難有くお受いたします。それに就いて今一箇条お願申し上げたい事がございます。これは手順を以て下横目へ申し立つべき筋ではございますが、御重役御出席中の事ゆえ、今生《こんじょう》の思出にお直《じき》に申し上げます。只今の御沙汰によれば、お上に置かせられても、我々の微衷《びちゅう》をお酌取《くみとり》下されたものと存じます。然らば我々一同には今後士分のお取扱いがあるよう、遺言同様の儀なれば、是非共お聞済下さるようにお願いいたします」
小南は暫く考えて云った。
「切腹を仰せ付けられたからは、一応|尤《もっと》もな申分のように存ずる。詮議《せんぎ》の上で沙汰いたすから、暫時《ざんじ》控えておれ」
こう云って再び座を
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