た。誰一人成程と承服せぬものはない。死ぬるのは構わぬ。それは兵卒になって国を立った日から覚悟している。しかし耻辱《ちじょく》を受けて死んではならぬ。そこで是非切腹させて貰おうと云うことに、衆議一決した。
十六人は袴《はかま》を穿《は》き、羽織を着た。そして取次役の詰所へ出掛けて、急用があるから、奉行衆《ぶぎょうしゅう》に御面会を申し入れて貰いたいと云った。
取次役は奥の間へ出入して相談する様子であったが、暫《しばら》くして答えた。
「折角の申出ではあるが、それは相成らぬ。おのおのはお構《かまい》の身分じゃ。夜中に推参して、奉行衆に逢いたいと云うのは宜しくない」と云うのである。十六人はおこった。
「それは怪《け》しからん。お構の身とは何事じゃ。我々は皇国のために明日一命を棄てる者共じゃ。取次をせぬなら、頼まぬ。そこを退け。我々はじきに通る」
一同は畳を蹴立《けた》てて奥の間へ進もうとした。
奥の間から声がした。
「いずれも暫く控えておれ。重役が面会する」と云うのである。
襖《ふすま》をあけて出たのは、小南、林と下横目数人とである。
一同礼をした上で、竹内が発言した。
「我々は朝命を重んじて一命を差し上げるものでございます。しかし堺表に於いて致した事は、上官の命令を奉じて致しました。あれを犯罪とは認めませぬ。就いては死刑と云う名目《みょうもく》には承服が出来兼ねます。果して死刑に相違ないなら、死刑に処せられる罪名が承りとうございます」
聞いているうちに、小南の額には皺《しわ》が寄って来た。小南は土居の詞の畢《おわ》るのを待って、一同を睨《にら》み付けた。
「黙れ。罪科のないものを、なんでお上で死刑に処せられるものか。隊長が非理の指揮をしてお前方は非理の挙動に及んだのじゃ」
竹内は少しも屈しない。
「いや。それは大目付のお詞とも覚えませぬ。兵卒が隊長の命令に依って働らくには、理も非理もござりませぬ。隊長が撃てと号令せられたから、我々は撃ちました。命令のある度に、一人一人理非を考えたら、戦争は出来ますまい」
竹内の背後《うしろ》から一人二人|膝《ひざ》を進めたものがある。
「堺での我々の挙動には、功はあって罪はないと、一同確信しております。どう云う罪に当ると云う思召か。今少し委曲《いきょく》に御示下さい」
「我々も領解《りょうかい》いたし兼ねます」
「我々
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