崖上《がけうえ》の家の女主人であった。」わたくしは此に由って、父が今の家を是阿弥の未亡人の手から買い取ったと云うことを知った。
香以の他の友人二人の事は文淵堂主人が語った。石橋真国と柴田是真との事である。「石橋真国は語学に関する著述未刊のもの数百巻を遺した。今松井簡治さんの蔵儲《ぞうちょ》に帰している。所謂《いわゆる》やわらかものには『隠里の記』というのがある。これは岡場所の沿革を考証したものである。真国は唐様《からよう》の手を見事に書いた。職業は奉行所の腰掛茶屋の主人であった。柴田是真は気※[#「(漑−さんずい)/木」、第3水準1−86−3]《きがい》のある人であった。香以とは極めて親しく、香以の摺物《すりもの》にはこの人の画のあるものが多い。是真の逸事にこう云う事がある。ある時是真は息と多勢の門人とを連れて吉原に往き、俄《にわか》を見せた。席上には酒肴《しゅこう》を取り寄せ、門人等に馳走した。然るに門人中坐容を崩すものがあったのを見て、大喝して叱した。遊所に足を容るることをば嫌わず、物に拘《こだわ》らぬ人で、その中に謹厳な処があった。」
[#地から1字上げ](大正六年九月―十月)
前へ
次へ
全55ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング