ある。乙卯《おつぼう》は冬大地震のあった年である。
 巻中に名を烈している一行は洒落翁、国朝、仙鶴、宗理、仙廬(晴閑斎)、経栄、小三次(鳥羽)、国友、鳶常、仙窩、料虎、按幸(按摩幸助)、以上十二人である。洒落翁は竜池であろう。この中に伊三郎がいたそうであるが、その号を詳《つまびらか》にしない。香以は「親爺《おやじ》の供をしては幅が利かぬから御免だ」と云って往かなかったそうである。
 一行が帰るとき迎えに出た人々は、香以、雁伍(石川甫淳)、余瓶、以白、集雨(玄々真人)以上五人である。
「巣へもどる親まつ鳰《にほ》のもろ音哉。香以。」
 跋文《ばつぶん》は香以が自ら草している。その他数人の歌俳及古今体狂詩が添えてある。
 按ずるに乙卯は竜池の歿する前年で、香以は三十四歳になっていた。わたくしの芥川氏に聞いた事はほぼ此に尽きている。
 わたくしに香以の事を語った人は、独り芥川氏のみではない。一知人はこう云う事を言った。「明治の初年に今戸橋の傍に湊屋《みなとや》という芸者屋があった。主人は河野と云って背の低い胖大漢《はんだいかん》であった。その妻は吉原の引手茶屋湊屋の女みなというもので、常にみ
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