らわ》した小説集「羅生門」中に「孤独地獄」の一篇がある。その材料は龍之介さんが母に聞いたものだそうである。この事は龍之介さんがわたくしを訪《と》うに先だって小島政二郎さんがわたくしに報じてくれた。
わたくしはまた香以伝に願行寺の香以の墓に詣《もうで》る老女のあることを書いた。そしてその老女が新原元三郎という人の妻だと云った。芥川氏に聞けば、老女は名をえいと云う。香以の嫡子が慶三郎で、慶三郎の女がこのえいである。えいの夫の名は誤っていなかった。
わたくしはえいが墓参の事を言うついでに附記したい。それは願行寺の樒《しきみ》売の翁媼《おううん》の事である。えいの事をわたくしの問うたこの翁媼は今や亡き人である。先日わたくしは第一高等学校の北裏を歩いて、ふと樒屋の店の鎖《とざ》されているのに気が付いたので、近隣の古本屋をおとずれて、翁媼の消息を聞いた。翁は四月頃に先ず死し、まだ百箇日の過ぎぬ間に、媼も踵《つ》いで死したそうである。わたくしは多少心を動さざることを得なかった。これを記している処へ、丁度宮崎虎之助さんの葉書が来た。「合掌|礼拝《らいはい》。森君よ。ずっと向うに見えて居るのは何でし
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