である。そう云う本を読み尽して、さて貸本屋に「何かまだ読まない本は無いか」と問うと、貸本屋は随筆類を推薦する。これを読んで伊勢|貞丈《ていじょう》の故実の書等に及べば、大抵貸本文学卒業と云うことになる。わたくしはこの卒業者になった。
 わたくしは初め馬琴に心酔して、次で馬琴よりは京伝を好くようになり、また春水、金水を読み比べては、初から春水を好いた。丁度後にドイツの本を読むことになってからズウデルマンよりはハウプトマンが好だと云うと同じ心持で、そう云う愛憎をしたのである。
 春水の人情本には、デウス・エクス・マキナアとして、所々《しょしょ》に津藤さんと云う人物が出る。情知《なさけしり》で金持で、相愛《あいあい》する二人を困厄の中から救い出す。大抵津藤さんは人の対話の内に潜んでいて形を現さない。それがめずらしく形を現したのは、梅暦《うめごよみ》の千藤《ちとう》である。千葉の藤兵衛である。
 当時|小倉袴《こくらばかま》仲間の通人がわたくしに教えて云った。「あれは摂津国屋藤次郎と云う実在の人物だそうだよ」と。モデエルと云う語はこう云う意味にはまだ使われていなかった。
 この津藤セニョオルは
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