りにするより外ありません。
 女。ともかくもお互の間に愉快な、わだかまりの無い記念だけは残っていると云うものでございますね。二人は惚れ合っていました。キスをしました。厭《あ》きました。そこでおさらばと云うわけでございますからね。
 男。いかにもおっしゃる通りです。(女の手に接吻す。)
 女。そこでわたくしはこの道を右に参りましょう。あなたは少しの間ここに立って待っていらっしゃって、それから左の方へおいでなさいまし。せっかくお別れをいたす日になって、宅にでも見附けられると、詰まりませんからね。
 男。いかさま。そんならこれで。
(二人ともなお立ち止まりいる。)
 女。なぜいらっしゃらないの。
 男。実はお別れをする前に少し伺っておきたい事があるものですから。
 女。そう。さあ、なんでもおっしゃいましよ。
 男。あの始めてタトラでお目にかかった時ですね。あの時はお内の御主人がどんな方だか知らなかったのでございますね。あなたは婦人のお友達二三人とあっちへ避寒に来ていらっしゃったのです。
 女。ええ。
 男。それからですね。どんな風に事柄が運んで行ったと云うことはあなたもまだ覚えていらっしゃる
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