でしょう。ブダペストへ参ってからも、わたくしはあなたと御交際を続けて行きました時も、まだ御主人がどんな方だか知らなかったのですね。
 女。ええ。
 男。そのころある日の事ですが、あなたはわたくしに写真を一枚お見せになりましたね。それがすばらしい好男子だったのです。あなたのおっしゃるには、「これが、わたくしの夫ですから、よく見ておおきなさい」と云うことでした。わたくしは仰せの通りよく拝見しました。その写真の男は Dorian Gray と云う青年はあんなだったかと思うほど美しくて、Edward 七世はあんなだったかと思うほど様子がよかたのです。髪は波を打っています。眉は秀でています。優しい目に男らしい権威がある。口はグレシアの神の像にでもありそうな恰好をしているのですね。わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽《のど》に通らなかったのです。
 女。大方そうだろうと存じましたの。
 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころはわたくしむやみにあなたを思っていたでしょう。そこで馬鹿らしいお話ですが、何度となく床から起きて、鏡の前へ自分の顔を見にいったのですね。わたくしも自分がかなり風采の好い男だとは思っていました。しかしまあ世間普通の好男子ですね。世間でおめかしをした Adonis なんどと云う性《たち》で、娘子の好く青年士官や、服屋の見本にかいてある男にある顔なのです。そこでわたくしは非常に反抗心を起したのです。どうにかして本当の好男子になろうとしたのですね。
 女。それはわたくしに分かっていましたの。
 男。夜寝られないと、わたくしは夜どおしこんな事を思っていました。あんな亭主を持っているあなたがわたくしをなんになさるのだろうと云うのです。それからもしや御亭主が馬鹿ではあるまいかと思ってみました。いったんはそう思って自分を慰めてみましたが、また思ってみると、自分だって世間並の男一匹の智慧しか持っていないのに気が附かずにはいられなかったのですね。それに反してあの写真の男の額からは、才気が毫光《ごうこう》のさすように溢れて出ているでしょう。どうしてもわたくしのどこをあなたが好いて下さるか分からなかったのです。そこでわたくしは必死になってあの写真と競争してみる気になったのです。
 女。それも分かっていましたの。
 男。そこで服を一番いい服屋で拵《
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