》を持って、拍子木《ひょうしぎ》をたたいて来る夜回りのじいさんに、お奉行様の所へはどう行ったらゆかれようと、いちがたずねた。じいさんは親切な、物わかりのいい人で、子供の話をまじめに聞いて、月番《つきばん》の西奉行所《にしぶぎょうしょ》のある所を、丁寧に教えてくれた。当時の町奉行は、東が稲垣淡路守種信《いながきあわじのかみたねのぶ》で、西が佐佐又四郎成意《ささまたしろうなりむね》である。そして十一月には西の佐佐が月番に当たっていたのである。
 じいさんが教えているうちに、それを聞いていた長太郎が、「そんなら、おいらの知った町だ」と言った。そこで姉妹《きょうだい》は長太郎を先に立てて歩き出した。
 ようよう西奉行所にたどりついて見れば、門がまだ締まっていた。門番所の窓の下に行って、いちが「もしもし」とたびたび繰り返して呼んだ。
 しばらくして窓の戸があいて、そこへ四十|格好《がっこう》の男の顔がのぞいた。「やかましい。なんだ。」
「お奉行様にお願いがあってまいりました」と、いちが丁寧に腰をかがめて言った。
「ええ」と言ったが、男は容易にことばの意味を解しかねる様子であった。
 いちはまた同
前へ 次へ
全22ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング