》であったから、今年は四十七になっておる。太い奴《やつ》、ようも朝鮮人になりすましおった。あれは佐橋甚五郎《さはしじんごろう》じゃぞ」
 一座は互いに目を合わせたが、今度はしばらくの間誰一人ことばを出すものがなかった。本多は何か問いたげに大御所の気色《けしき》を伺《うかが》っていた。
 家康は本多を顧みて、「もうよい、振舞《ふるま》いの事を頼《たの》むぞ」と言った。これは家康がこの府中の城に住むことにきめて沙汰《さた》をしたのが今年の正月二十五日で、城はまだ普請中《ふしんちゅう》であるので、朝鮮の使の饗応《きょうおう》を本多が邸《やしき》ですることに言いつけておいたからである。
「一応とりただしてみることにいたしましょうか」と、本多はやはり気色を伺いながら言った。
「いや。それは知らぬと言うじゃろう。上役《うわやく》のものは全く知らぬかも知れぬ。とにかくあの者どもは早くここを立たせるがよい。土地のものと文通などをいたさせぬようにせい」
「はっ」といって本多は忙《いそ》がしげに退出した。
 饗応の用意はかねてととのえてあった。使は本多の邸へ引き取って常の衣服に着換《きが》えた上で、振舞いを受けることになっていたのである。城内から帰った本多は、ちょうど着換えが済んで休息している呂祐吉《りょゆうきつ》に、宗をもってそれとなく問わせた。きょうお目見《めみ》えをした者の中に大御所のお見知りになっている人はなかったかと問わせたのである。通事《つうじ》の取り次いだ返答は、いっこうに存ぜぬということであった。しかもそういった呂祐吉の顔は、いかにも思いがけぬ事を問われたらしく、どうも物を包み隠《かく》しているものとは見えなかった。
 饗応に相判などはなかった。膳部《ぜんぶ》を引く頃《ころ》に、大沢侍従《おおさわじじゅう》、永井右近進《ながいうこんのしん》、城織部《じょうおりべ》の三人が、大御所のお使として出向いて来て、上《かみ》の三人に具足三領、太刀三振《たちみふり》、白銀三百枚、次の三人|金僉知《きんせんち》らに刀三腰《とうみこし》、白銀百五十枚、上官二十六人に白銀二百枚、中官以下に鳥目《ちょうもく》五百貫を引物《ひきもの》として贈《おく》った。
 本多の指図で、使の一行はその日のうちに立って、藤枝《ふじえだ》まで上った。京都紫野に着いたのが五月二十九日、大阪へ出たのが六月八日で、大阪で舟に乗り込んだのが六月十一日である。朝鮮|征伐《せいばつ》の時の俘虜《ふりょ》の男女千三百四十余人も、江戸からの沙汰《さた》で、いっしょに舟に乗せて還《かえ》された。

 浜松の城ができて、当時|三河守《みかわのかみ》と名のった家康はそれにはいって、嫡子信康《ちゃくしのぶやす》を自分のこれまでいた岡崎《おかざき》の城に住まわせた。そこで信康は岡崎|二郎三郎《じろうさぶろう》と名のることになった。この岡崎|殿《どの》が十八|歳《さい》ばかりの時、主人より年の二つほど若い小姓《こしょう》に佐橋甚五郎というものがあった。口に出して言いつけられぬうちに、何の用事でも果たすような、敏捷《びんしょう》な若者で、武芸は同じ年頃《としごろ》の同輩《どうはい》に、傍《そば》へ寄りつく者もないほどであった。それに遊芸が巧者で、ことに笛《ふえ》を上手《じょうず》に吹《ふ》いた。
 ある時信康は物詣《ものもう》でに往った帰りに、城下のはずれを通った。ちょうど春の初めで、水のぬるみ初《そ》めた頃《ころ》である。とある広い沼《ぬま》のはるか向うに、鷺《さぎ》が一羽おりていた。銀色に光る水が一筋うねっている側の黒ずんだ土の上に、鷺は綿を一つまみ投げたように見えている。ふと小姓の一人が、あれが撃《う》てるだろうかと言い出したが、衆議は所詮《しょせん》打てぬということにきまった。甚五郎は最初|黙《だま》って聞いていたが、皆《みな》が撃てぬと言い切ったあとで、独語《ひとりごと》のように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。それを蜂谷《はちや》という小姓《こしょう》が聞き咎《とが》めて、「おぬし一人がそう思うなら、撃ってみるがよい」と言った。「随分《ずいぶん》撃ってみてもよいが、何か賭《か》けるか」と甚五郎が言うと、蜂谷が「今ここに持っている物をなんでも賭きょう」と言った。「よし、そんなら撃《う》ってみる」と言って、甚五郎は信康の前に出て許しを請《こ》うた。信康は興ある事と思って、足軽《あしがる》に持たせていた鉄砲《てっぽう》を取り寄せて甚五郎に渡《わた》した。
「あたるもあたらぬも運じゃ。はずれたら笑うまいぞ」甚五郎はこう言っておいて、少しもためらわずに撃ち放した。上下こぞって息をつめて見ていた鷺《さぎ》は、羽を広げて飛び立ちそうに見えたが、そのまま黒ずんだ土の上に、綿一つまみほどの白い形をして
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