しんでおります。」こう言って、喜助は口をつぐんだ。
庄兵衛は「うん、そうかい」とは言ったが、聞く事ごとにあまり意表に出たので、これもしばらく何も言うことができずに、考え込んで黙っていた。
庄兵衛はかれこれ初老に手の届く年になっていて、もう女房に子供を四人生ませている。それに老母が生きているので、家は七人暮らしである。平生人には吝嗇《りんしょく》と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。しかし不幸な事には、妻をいい身代《しんだい》の商人の家から迎えた。そこで女房は夫のもらう扶持米《ふちまい》で暮らしを立ててゆこうとする善意はあるが、ゆたかな家にかわいがられて育った癖があるので、夫が満足するほど手元を引き締めて暮らしてゆくことができない。ややもすれば月末になって勘定が足りなくなる。すると女房が内証で里から金を持って来て帳尻《ちょうじり》を合わせる。それは夫が借財というものを毛虫のようにきらうからである。そういう事は所詮《しょせん》夫に知れずにはいない。庄兵衛は五節句だと言っては、里方《さとかた》から物をもらい、子
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