ませぬが、わたくしは今日《こんにち》まで二百文というお足《あし》を、こうしてふところに入れて持っていたことはございませぬ。どこかで仕事に取りつきたいと思って、仕事を尋ねて歩きまして、それが見つかり次第、骨を惜しまずに働きました。そしてもらった銭《ぜに》は、いつも右から左へ人手に渡さなくてはなりませなんだ。それも現金で物が買って食べられる時は、わたくしの工面《くめん》のいい時で、たいていは借りたものを返して、またあとを借りたのでございます。それがお牢《ろう》にはいってからは、仕事をせずに食べさせていただきます。わたくしはそればかりでも、お上《かみ》に対して済まない事をいたしているようでなりませぬ。それにお牢を出る時に、この二百文をいただきましたのでございます。こうして相変わらずお上《かみ》の物を食べていて見ますれば、この二百|文《もん》はわたくしが使わずに持っていることができます。お足を自分の物にして持っているということは、わたくしにとっては、これが始めでございます。島へ行ってみますまでは、どんな仕事ができるかわかりませんが、わたくしはこの二百文を島でする仕事の本手《もとで》にしようと楽
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