て天滿へ歸つた。黒田邸にはまだ何事もない。そこへ郡主馬宗保《こほりしゆめむねやす》の密使が來て、今軍兵が寄せると云つた。間もなく騎馬武者五十人、徒歩《かち》の者六百餘人が鐵砲二百|挺《ちやう》を持つて黒田邸を取り卷いた。寄手《よせて》の引率者は兩夫人がをられるかと問うた。利安は兩人共たしかにをられると受け合つた。寄手は定番《ぢやうばん》を殘して引き取つた。次いで城内の使が來て、見知人をよこすから、兩夫人を見せてくれと云つた。利安は一應、士《さむらひ》の女房の面吟味《おもてぎんみ》はさせられぬ、とことわつた。使は、外の大名の内室をも見ることになつてゐるから、是非物蔭から見せてくれと云つた。利安は甲斐守歸邸の上、いかなる咎《とがめ》に逢《あ》はうも知れぬ事ではあるが、是非なき場合ゆゑ、物蔭から見させようと云つた。見知人が來た。一人は櫛橋氏の若かつた時見たことのある女、今一人は保科氏の十二歳の時見たことのある女である。利安は信濃産《しなのうまれ》の侍女で、小笠原内藏助《をがさはらくらのすけ》と云ふものの娘に年|恰好《かつかう》の櫛橋氏に似たのがあるので、それを蚊帳《かや》の中に寢させ其侍女の
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