立ち寄られたいと云つた。内藏允は答へて、主人右衞門佐は火急の御召によつて、既に小勢を以て夜中に入府いたされたと云つた。
間もなく老中の使者が櫻田邸へ來た。忠之を澁谷長谷寺に入れようと云ふのである。忠之はいかなる御不審かは知らぬが、邸内に於いて兎も角も相成りたいと答へた。使者は其儘《そのまゝ》引き取つた。續いて尾張家附成瀬|隼人正正虎《はやとのしやうまさとら》、紀伊家附安藤|帶刀《たてはき》直次並に瀧口豐後守が來て面會を求めた。此三人は平生《へいぜい》忠之と懇意な間柄なので、忠之を説き動かして、とう/\長谷寺に遷《うつ》らせた。
上邸から早打《はやうち》が福岡へ立つた。それが著くと、福岡城では留守の家老、物頭《ものがしら》、諸侍が集まつて評議をした。評議が濟むと、組頭はそれ/″\部下に云ひ渡した。諸侍の中で城を渡して退去したいものは勝手に退去するが好い。又城を枕《まくら》に討死したいものは用意をせいと云ふのである。然るに諸侍は一人も退去しようとは云わぬ。そこで妻子をも城内に入れて、一戰の上一同討死すると云ふことになつた。防戰の持場は赤間口、畝《うねび》町、金出口、金出宿、宰府口、比惠
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