荘の持主は都会から引越して来た。その人々は大人も子供も大人になり掛かった子供も、皆空気と温度と光線とに酔って居る人達で、叫んだり歌を謡ったり笑ったりして居る。
 その中でこの犬と初めて近づきになったのは、ふと庭へ走り出た美しい小娘であった。その娘は何でも目に見えるものを皆優しい両手で掻き抱き、自分の胸に押しつけたいと思うような気分で、まず晴れ渡った空を仰いで見て、桜の木の赤味を帯びた枝の方を見て、それから庭の草の上に寝ころんで顔を熱く照らす日に向けて居た。しかしそれも退屈だと見えて、直ぐに飛び上がって手を広げて、赤い唇で春の空気に接吻して「まあ好い心持だ事」といった。
 その時何と思ったか、犬は音のしないように娘の側へ這い寄ったと思うと、着物の裾を銜《くわ》えて引っ張って裂いてしまって、直ぐに声も出さずに、苺《いちご》の木の茂って居る中へ引っ込んだ。娘は直ぐに別荘に帰って、激した声で叫んだ。「喰付く犬が居るよ。お母あさんも、みんなも、もう庭へ出てはいけません。本当に憎らしい犬だよ」といった。
 夜になって犬は人々の寝静まった別荘の側に這い寄って、そうして声を立てずにいつも寝る土の上に寝
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