ゥよう。」
「別当が泳げなくちゃあだめだ。」
「泳げるような事を言っていた。」
中野は石田より早く卒業した士官である。今は石田と同じ歩兵少佐で、大隊長をしている。少し太り過ぎている男で、性質から言えば老実家である。馬をひどく可哀《かわい》がる。中野は話を続けた。
「君に逢ったら、いつか言って置こうと思ったが、ここには大きな溝《どぶ》に石を並べて蓋《ふた》をした処があるがなあ。」
「あの馬借《ばしゃく》に往《ゆ》く通だろう。」
「あれだ。魚町《うおまち》だ。あの上を馬で歩いちゃあいかんぜ。馬は人間とは目方が違うからなあ。」
「うむ。そうかも知れない。ちっとも気が附かなかった。」
こんな話をして常磐橋に掛かった。中野が何か思い出したという様子で、歩度を緩めてこう云った。
「おう。それからも一つ君に話しておきたいことがあった。馬鹿な事だがなあ。」
「何だい。僕はまだ来たばかりで、なんにも知らないんだから、どしどし注意を与えてくれ給え。」
「実は僕の内の縁がわからは、君の内の門が見えるので、妻《さい》の奴が妙な事を発見したというのだ。」
「はてな。」
「君が毎日出勤すると、あの門から婆あさ
前へ
次へ
全43ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング