を苦に病んでいて、自分のいる時に持って来たのは大抵受け取らない。
或日帰って見ると、島村と押問答をしているものがある。相手は百姓らしい風体《ふうてい》の男である。見れば鶏の生きたのを一羽持っている。その男が、石田を見ると、にこにこして傍《そば》へ寄って来て、こう云った。
「少佐殿。お見忘になりましたか知れませんが、戦地でお世話になった輜重輸卒《しちょうゆそつ》の麻生《あそう》でござります。」
「うむ。軍司令部にいた麻生か。」
「はい。」
「どうして来た。」
「予備役になりまして帰っております。内は大里《だいり》でございます。少佐殿におなりになって、こちらへお出《いで》だということを聞きましたので、御機嫌|伺《うかがい》に参りました。これは沢山飼っております内の一羽でござりますが、丁度好い頃のでござりますから、持って上りました。」
「ふむ。立派な鳥だなあ。それは徴発ではあるまいな。」
麻生は五分刈の頭を掻《か》いた。
「恐れ入ります。ついみんなが徴発徴発と申すもんでござりますから、ああいうことを申しましてお叱《しかり》を受けました。」
「それでも貴様はあれきり、支那《シナ》人の物を取らんようになったから感心だ。」
「全くお蔭《かげ》を持ちまして心得違を致しませんものですから、凱旋《がいせん》いたしますまで、どの位肩身が広かったか知れません。大連《だいれん》でみんなが背嚢《はいのう》を調べられましたときも、銀の簪《かんざし》が出たり、女の着物が出たりして恥を掻く中で、わたくしだけは大息張《おおいばり》でござりました。あの金州《きんしゅう》の鶏なんぞは、ちゃんが、ほい、又お叱を受け損う処でござりました、支那人が逃げた跡に、卵を抱いていたので、主《ぬし》はないのだと申しますのに、そんならその主のない家に持って行って置いて来いと仰《おっし》ゃったのには、実に驚きましたのでござります。」
「はははは。己は頑固だからなあ。」
「どう致しまして。あれがわたくしの一生の教訓になりましたのでござりました。もうお暇《いとま》を致します。
「泊まって行かんか。己の内は戦地と同じで御馳走はないが。」
「奥様はいらっしゃりませんか。」
「妻《さい》は此間《こないだ》死んだ。」
「へえ。それはどうも。」
「島村が知っているが、まるで戦地のような暮らしを遣っているのだ。」
「それは御不自由でい
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