二三日立って引き越した。
横浜から舟に載せた馬も着いていたので、別当に引き入れさせた。
勝手道具を買う。膳椀《ぜんわん》を買う。蚊帳《かや》を買う。買いに行くのは従卒の島村である。
家主はまめな爺さんで、来ていろいろ世話を焼いてくれる。膳椀を買うとき、爺さんが問うた。
「何人前いりまするかの。」
「二人前です。」
「下《しも》のもののはいりませんかの。」
「僕のと下女のとで二人前です。従卒は隊で食います。別当も自分で遣《や》るのです。」
蚊帳は自分のと下女のと別当のと三張《みはり》買った。その時も爺さんが問うた。
「布団はいりませんかの。」
「毛布があります。」
万事こんな風である。それでも五十円程掛かった。
女中を傭《やと》うというので、宿屋の達見のお上さんが口入屋《くちいれや》の上さんをよこしてくれた。石田は婆あさんを置きたいという注文をした。時という五十ばかりの婆あさんが来た。夫婦で小学校の教員の弁当をこしらえているもので、その婆あさんの方が来てくれたのだそうだ。不思議に饒舌《しゃべ》らない。黙って台所をしてくれる。
二三日立った。毎日雨は降ったり歇《や》んだりしている。石田は雨覆をはおって馬で司令部に出る。東京から新《あらた》に傭って来た別当の虎吉が、始て伴《とも》をするとき、こう云った。
「旦那《だんな》。馬の合羽《かっぱ》がありませんがなあ。」
「有る。」
「ええ。それは鞍《くら》だけにかぶせる小さい奴ならあります。旦那の膝に掛けるのがありません。」
「そんなものはいらない。」
「それでもお膝が濡れます。どこの旦那も持っています。」
「膝なんざあ濡れても好《い》い。馬装に膝掛なんというものはない。外の人は持っておっても、己《おれ》はいらない。」
「へへへへ。それでは野木さんのお流儀で。」
「己がいらないのだ。野木閣下の事はどうか知らん。」
「へえ。」
その後は別当も敢て言わない。
石田は司令部から引掛《ひきがけ》に、師団長はじめ上官の家に名刺を出す。その頃は都督《ととく》がおられたので、それへも名刺を出す。中には面会せられる方《かた》もある。内へ帰ってみると、部下のものが名刺を置きに来るので、いつでも二三枚ずつはある。商人が手土産なんぞを置いて帰ったのもある。そうすると、石田はすぐに島村に持たせて返しに遣る。それだから、島村は物を貰うの
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