サを山のように盛ってある。男も女も、線香に火を附けたのを持って来て、それを砂に立てて置いて帰る。
中一日置いて三十一日には、又商人が債《かけ》を取りに来る。石田が先月の通に勘定をしてみると、米がやっぱり六月と同じように多くいっている。今月は風炉敷包を持ち出す婆あさんはいなかったのである。石田は暫く考えてみたが、どうも春はお時婆あさんのような事をしそうにはない。そこで春を呼んで、米が少し余計にいるようだがどう思うと問うて見た。
春はくりくりした目で主人を見て笑っている。彼は米の多くいるのは当前だと思うのである。彼は多くいるわけを知っているのである。しかしそのわけを言って好《い》いかどうかと思って、暫く考えている。
石田は春に面白い事を聞いた。それは別当の虎吉が、自分の米を主人の米櫃《こめびつ》に一しょに入れて置くという事実である。虎吉の給料には食料が這入っている。馬糧なんぞは余り馬を使わない司令部勤務をしているのに、定則だけの金を馬糧屋に払っているのだから虎吉が随分利益を見ているということを、石田は知っている。しかし馬さえ痩《や》せさせなければ好いと思って、あなぐろうとはしない。そうしてあるのに、虎吉が主人の米櫃に米を入れて置くことにして、勝手に量り出して食うというに至っては、石田といえども驚かざることを得ない。虎吉は米櫃の中へ、米をいくら入れるか、何遍入れるか少しも分らないのである。そうして置いて、量り出す時にはいくらでも勝手に量り出すのである。段々春の云うのを聞いて見れば、味噌も醤油も同じ方法で食っている。内で漬ける漬物も、虎吉が「この大きい分は己《おれ》の茄子だ」と云って出して食うということである。虎吉は食料は食料で取って、実際食う物は主人の物を食っているのである。春は笑ってこう云った。割木《わりき》も別当さんのは「見せ割木」で、いつまで立っても減ることはないと云った。勝手道具もそうである。土間に七釐《しちりん》が二つ置いてある。春の来た時に別当が、「壊れているのは旦那ので、満足なのは己のだ」と云った。その内に壊れたのがまるで使えなくなったので、春は別当と同じ七釐で物を烹《に》る。別当は「旦那の事だから貸して上げるが、手めえはお辞儀をして使え」と云っているということである。
石田は始て目の開《あ》いたような心持がした。そして別当の手腕に対して、少からぬ敬
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