らつく蝋燭の火で読んで見ると、こんな事が書いてある。
 「何もかも知られてしまひましたの。だからこの手紙は、わたくし泣ながら書きます。お父う様はわたくしを打ちました。わたくしどうしようかと思ひますわ。もうとても外へ一人でなんか出しません。あなたの仰やつた通りだと思ひます。御一しよに逃げませうね。アメリカへでも好いし、その外どこでも、あなたのお好きな所へ参りますわ。わたくしあすの朝六時に停車場《ステエシヨン》に参つてゐます。六時に出る汽車がございます。いつもお父う様がそれに乗つて猟に行きますから知つてゐます。どこへ行くのが宜しいか、それはわたくしには分りません。誰か参るやうですから、もう書かれません。わたくしきつと待つてゐてよ。六時ですよ。どうしてもあなたとは死ぬまで別れません。アンナより。わたくし誰か参るかと思つたら、参りませんでしたの。あなたどこへ入らつしやるお積りなの。お金はあつて。わたくし貯金は八円しかなくつてよ。この手紙は、内の女中に持たせてあなたのお内の女中に渡させます。わたくしもうちつともこはくなんかなくつてよ。あなたのお内のマリイをばさんが饒舌つたらしいのよ。やつぱり日曜
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