どうにか処分しなくてはならない。どうか大地震でもあってくれればいいと思う。何もベルリンだって、地震が揺ってならないはずはない。それからこういう事も思った。動物園へ行って、河馬の咽へあの包みを入れてやろうかと云うのである。しかし奴が吐き出すかも知れないと思って、途中で動物園に行くことを廃《や》めにして料理店へ這入ってしまった。幸におれは一工夫して、これならばと一縷《いちる》の希望を繋いだ。夜、ホテルでそっと襟を出して、例の商標を剥がした。戸を締め切って窓掛を卸《おろ》して、まるで贋金を作るという風でこの為事《しごと》をしたのである。
 翌朝国会議事堂へ行った。そこの様子は少しおれを失望させた。卓と腰掛とが半圏状に据え付けてある。あまり国のと違っていない、議長席がある。鐸《ベル》がある。水を入れた瓶がある。そこらも国のと違っていない。おれは右党の席を一しょう懸命注意して見た。
 そしてこう決心した。「どうもこいつの方が信用が置けそうだ。この卓や腰掛が似ているように、ここに来て据わる先生達が似ているなら、おれは襟に再会することは断じて無かろう。」
 こう思って、あたりを見廻わして、時分を見計
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