仰を受けたるは茶事に御用に立つべき珍らしき品を求むる外《ほか》他事なし、これが主命なれば、身命に懸《か》けても果さでは相成らず、貴殿が香木に大金を出す事不相応なりと思され候《そろ》は、その道の御心得なき故《ゆえ》、一徹に左様思わるるならんと申候。横田聞きも果てず、いかにも某は茶事の心得なし、一徹なる武辺者《ぶへんもの》なり、諸芸に堪能なるお手前の表芸が見たしと申すや否や、つと立ち上がり、脇差《わきざし》を抜きて投げつけ候。某は身をかわして避《よ》け、刀は違棚《ちがいだな》の下なる刀掛に掛けありし故、飛びしざりて刀を取り抜き合せ、ただ一打に横田を討ち果たし候。
 かくて某は即時に伽羅《きゃら》の本木を買い取り、仲津《なかつ》へ持ち帰り候。伊達家の役人は是非《ぜひ》なく末木を買い取り、仙台へ持ち帰り候。某は香木を三斎公に参らせ、さて御願い申候は、主命大切と心得候ためとは申ながら、御役《おんやく》に立つべき侍《さむらい》一人討ち果たし候段、恐れ入り候えば、切腹|仰附《おおせつ》けられたくと申候。三斎公|聞召《きこしめ》され、某に仰せられ候はその方が申条一々もっとも至極《しごく》せり、たとい香木は貴《とうと》からずとも、この方《ほう》が求め参れと申しつけたる珍品《ちんぴん》に相違なければ大切と心得候事当然なり、総て功利の念を以《もっ》て物を視《み》候《そうら》わば、世の中に尊《とうと》き物は無くなるべし、ましてやその方が持ち帰り候伽羅は早速|焚《た》き試み候に、希代《きたい》の名木なれば「聞く度に珍らしければ郭公《ほととぎす》いつも初音《はつね》の心地《ここち》こそすれ」と申す古歌に本《もと》づき、銘を初音とつけたり、かほどの品を求め帰り候事|天晴《あっぱれ》なり、ただし討《う》たれ候《そろ》横田清兵衛が子孫|遺恨《いこん》を含《ふく》みいては相成らずと仰せられ候。かくて直ちに清兵衛が嫡子を召され、御前において盃《さかずき》を申付けられ、某は彼者《かのもの》と互に意趣を存ずまじき旨《むね》誓言《せいごん》いたし候。しかるに横田家の者どもとかく異志を存する由相聞え、ついに筑前国《ちくぜんのくに》へ罷越《まかりこ》し候《そろ》。某へは三斎公御名|忠興《ただおき》の興《おき》の字を賜《たま》わり、沖津を興津と相改め候《そろ》様《よう》御沙汰《ごさた》有之候。
 これより二年目、寛永三年九月|六日《むいか》主上《しゅじょう》二条の御城《おんしろ》へ行幸遊ばされ妙解院殿へかの名香を御所望|有之《これあり》すなわちこれを献《けん》ぜらるる、主上|叡感《えいかん》有りて「たぐひありと誰《たれ》かはいはむ末《すゑ》※[#「鈞のつくり」、第3水準1−14−75]《にほ》ふ秋より後のしら菊の花」と申す古歌の心にて、白菊と名附《なづ》けさせ給《たもう》由《よし》承り候。某が買い求め候香木、畏《かしこ》くも至尊の御賞美を被《こうむ》り、御当家の誉《ほまれ》と相成り候事、存じ寄らざる儀《ぎ》と存じ、落涙候事に候。
 その後某は御先代妙解院殿よりも出格の御引立を蒙《こうむ》り、寛永九年|御国替《おんくにがえ》の砌《みぎり》には、三斎公の御居城|八代《やつしろ》に相詰《あいつ》め候事と相成り、あまつさえ殿御上京の御供にさえ召具《めしぐ》せられ候《そろ》。しかるところ寛永一四年島原征伐の事|有之《これあり》候。某をば妙解院殿御弟君|中務少輔殿立孝公《なかつかさしょうゆうどのたつたかこう》の御旗本《おんはたもと》に加えられ御幟《おんのぼり》を御預けなされ候。十五年二月廿二日御当家|御攻口《おんせめくち》にて、御幟を一番に入れ候時、銃丸左の股《もも》に中《あた》り、ようよう引き取り候。その時某四十五歳に候。手創《てきず》平癒《へいゆ》候て後、某は十六年に江戸詰《えどづめ》仰つけられ候《そろ》。
 寛永十八年妙解院殿存じ寄らざる御病気にて、御父上に先立《さきだち》、御卒去遊ばされ、当代|肥後守殿光尚《ひごのかみどのみつひさ》公の御代《みよ》と相成り候。同年九月二日には父弥五右衛門景一死去いたし候。次いで正保《しょうほう》二年三斎公も御卒去遊ばされ候。これより先《さ》き寛永十三年には、同じ香木の本末を分けて珍重なされ候仙台中納言殿さえ、少林城《わかばやしじょう》において御薨去《ごこうきょ》なされ候《そろ》。かの末木の香は「世の中の憂きを身に積む柴舟《しばふね》やたかぬ先よりこがれ行《ゆく》らん」と申す歌の心にて、柴舟と銘し、御珍蔵なされ候由に候。
 某《それがし》つらつら先考御当家に奉仕《つかえたてまつり》候《そろ》てより以来の事を思うに、父兄ことごとく出格の御引立を蒙《こうむ》りしは言うも更《さら》なり、某一身に取りては、長崎において相役横田清兵衛を討ち果たし候時、松向寺
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