遺書御目に触れ候わば、はなはだ慮外の至に候えども、幸便を以《もっ》て同家へ御送届|下《くだ》されたく、近隣の方々へ頼入《たのみい》り候。某《それがし》年来|桑門《そうもん》同様の渡世致しおり候えども、根性《こんじょう》は元の武士なれば、死後の名聞《みょうもん》の儀もっとも大切に存じ、この遺書|相認《あいしたため》置き候事に候。
当庵は斯様《かよう》に見苦しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候|方々《かたがた》、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之《これあるべく》候《そうら》えども、借財等は一切無き某、厘毛たりとも他人に迷惑相掛け申さず、床の間の脇《わき》、押入の中の手箱には、些少《さしょう》ながら金子|貯《たくわ》えおき候えば、荼※[#「田+比」、第3水準1−86−44]《だび》の費用に御当て下されたく、これまた頼入り候。前文|隈本《くまもと》の方へは、某頭を剃《そ》りこくりおり候えば、爪なりとも少々この遺書に取添え御|遣《つかわ》し下され候わば仕合せ申すべく候。床の間に並べ有之候御|位牌《いはい》三基は、某が奉公|仕《つかまつ》りし細川越中守|忠興《ただおき》入道宗立三
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