な事には、好い娘だと人も云って下さるあの子だから、どうか堅気な人に遣りたいと思っても、わたしと云う親があるので、誰も貰おうと云ってくれぬ。それでも囲物や妾には、どんな事があっても出すまいと思っていたが、堅い檀那だと、お前さん方が仰《おっし》ゃるから、お玉も来年は二十《はたち》になるし、余り薹《とう》の立たないうちに、どうかして遣りたさに、とうとうわたしは折れ合ったのだ。そうした大事なお玉を上げるのだから、是非わたしが一しょに出て、檀那にお目に掛からなくてはならぬ」と云うのである。
 この話を持ち込まれた時、末造は自分の思わくの少し違って来たのを慊《あきたら》ず思った。それはお玉を松源へ連れて来て貰ったら、世話をする婆あさんをなるたけ早く帰してしまって、お玉と差向いになって楽もうと思ったあてがはずれそうになったからである。どうも父親が一しょに来るとなると、意外に晴がましい事になりそうである。末造自身も一種の晴がましい心持はしているが、それはこれまで抑え抑えて来た慾望の縛《いましめ》を解く第一歩を踏み出そうと云う、門出《かどで》のよろこびの意味で、〔te^te−a`−te^te〕《テタテト》 はそれには第一要件になっていた。ところがそこへ親父が出て来るとなると、その晴がましさの性質がまるで変って来る。婆あさんの話に聞けば、親子共物堅い人間で、最初は妾奉公は厭だと云って、二人一しょになってことわったのを、婆あさんが或る日娘を外へ呼んで、もう段々稼がれなくなるお父っさんに楽がさせたくはないかと云って、いろいろに説き勧めて、とうとう合点させて、その上で親父に納得させたと云うことである。それを聞いた時は、そんな優しい、おとなしい娘を手に入れることが出来るのかと心中|窃《ひそ》かに喜んだのだが、それ程物堅い親子が揃《そろ》って来るとなると、松源での初対面はなんとなく壻が岳父《しゅうと》に見参《げんざん》すると云う風になりそうなので、その方角の変った晴がましさは、末造の熱した頭に一杓《いっしゃく》の冷水を浴せたのである。
 しかし末造は飽くまで立派な実業家だと云う触込《ふれこみ》を実にしなくてはならぬと思っているので、先方へはおお様な処が見せたさに、とうとう二人の支度を引き受けた。それにはお玉を手に入れた上では、どうせ親父の身の上も棄てては置かれぬのだから、只|後《あと》ですることが先になるに過ぎぬと云う諦《あきら》めも手伝って、末造に決心させたのである。
 そこで当前《あたりまえ》なら支度料幾らと云って、纏《まと》まった金を先方へ渡すのであるが、末造はそうはしない。身なりを立派にする道楽のある末造は、自分だけの為立物《したてもの》をさせる家があるので、そこへ事情を打ち明けて、似附かわしい二人の衣類を誂《あつら》えた。只寸法だけを世話を頼んだ婆あさんの手でお玉さんに問わせたのである。気の毒な事には、この油断のない、吝《けち》な末造の処置を、お玉親子は大そう善意に解釈して、現金を手に渡されぬのを、自分達が尊敬せられているからだと思った。

     漆《しち》

 上野広小路は火事の少い所で、松源の焼けたことは記憶にないから、今もその座鋪《ざしき》があるかも知れない。どこか静かな、小さい一間をと誂えて置いたので、南向の玄関から上がって、真っ直に廊下を少し歩いてから、左へ這入る六畳の間に、末造は案内せられた。
 印絆纏《しるしばんてん》を着た男が、渋紙の大きな日覆《ひおい》を巻いている最中であった。
「どうも暮れてしまいますまでは夕日が入《い》れますので」と、案内をした女中が説明をして置いて下がった。真偽の分からぬ肉筆の浮世絵の軸物を掛けて、一輪挿《いちりんざし》に山梔《くちなし》の花を活けた床の間を背にして座を占めた末造は、鋭い目であたりを見廻した。
 二階と違って、その頃からずっと後《のち》に、殺風景にも競馬の埒《らち》にせられて、それから再び滄桑《そうそう》を閲《けみ》して、自転車の競走場になった、あの池の縁《ふち》の往来から見込まれぬようにと、切角《せっかく》の不忍の池に向いた座敷の外は籠塀《かごべい》で囲んである。塀と家との間には、帯のように狭く長い地面があるきりなので、固《もと》より庭と云う程の物は作られない。末造の据わっている所からは、二三本寄せて植えた梧桐《あおぎり》の、油雑巾で拭いたような幹が見えている。それから春日燈籠《かすがどうろう》が一つ見える。その外《ほか》には飛び飛びに立っている、小さい側栢《ひのき》があるばかりである。暫《しばら》く照り続けて、広小路は往来の人の足許《あしもと》から、白い土烟《つちけぶり》が立つのに、この塀の内《うち》は打水をした苔《こけ》が青々としている。
 間もなく女中が蚊遣《かやり》と茶を持って来て、注文を聞いた。末造は連れが来てからにしようと云って、女中を立たせて、ひとり烟草《たばこ》を呑《の》んでいた。初め据わった時は少し熱いように思ったが、暫く立つと台所や便所の辺《あたり》を通って、いろいろの物の香を、微《かす》かに帯びた風が、廊下の方から折々吹いて来て、傍《そば》に女中の置いて行った、よごれた団扇《うちわ》を手に取るには及ばぬ位であった。
 末造は床の間の柱に寄り掛かって、烟草の烟《けぶり》を輪に吹きつつ、空想に耽《ふけ》った。好《い》い娘だと思って見て通った頃のお玉は、なんと云ってもまだ子供であった。どんな女になっただろう。どんな様子をして来るだろう。とにかく爺いさんが附いて来ることになったのは、いかにもまずかった。どうにかして爺いさんを早く帰してしまうことは出来ぬか知らんなんぞと思っている。二階では三味線の調子を合せはじめた。
 廊下に二三人の足音がして、「お連様が」と女中が先へ顔を出して云った。「さあ、ずっとお這入なさいよ。檀那はさばけた方だから、遠慮なんぞなさらないが好《い》い」轡虫《くつわむし》の鳴くような調子でこう云うのは、世話をしてくれた、例の婆あさんの声である。
 末造はつと席を起《た》った。そして廊下に出て見ると、腰を屈《かが》めて、曲角の壁際に躊躇《ちゅうちょ》している爺いさんの背後《うしろ》に、怯《おく》れた様子もなく、物珍らしそうにあたりを見て立っているのがお玉であった。ふっくりした円顔の、可哀らしい子だと思っていたに、いつの間にか細面になって、体も前よりはすらりとしている。さっぱりとした銀杏返《いちょうがえ》しに結《い》って、こんな場合に人のする厚化粧なんぞはせず、殆ど素顔と云っても好《よ》い。それが想像していたとは全く趣が変っていて、しかも一層美しい。末造はその姿を目に吸い込むように見て、心の内に非常な満足を覚えた。お玉の方では、どうせ親の貧苦を救うために自分を売るのだから、買手はどんな人でも構わぬと、捨身の決心で来たのに、色の浅黒い、鋭い目に愛敬《あいきょう》のある末造が、上品な、目立たぬ好みの支度をしているのを見て、捨てた命を拾ったように思って、これも刹那《せつな》の満足を覚えた。
 末造は爺いさんに、「ずっとあっちへお通りなすって下さい」と丁寧に云って、座鋪の方を指さしながら、目をお玉さんの方へ移して、「さあ」と促した。そして二人を座鋪へ入れて置いて、世話をする婆あさんを片蔭へ呼んで、紙に包んだ物を手に握らせて、何やら※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]いた。婆あさんはお歯黒を剥《は》がした痕《あと》のきたない歯を見せて、恭しいような、人を馬鹿にしたような笑いようをして、頭を二三遍屈めて、そのまま跡へ引き返して行った。
 座鋪に帰って、親子のものの遠慮して這入口に一塊《ひとかたまり》になっているのを見て、末造は愛想《あいそ》好く席を進めさせて、待っていた女中に、料理の注文をした。間もなく「おとし」を添えた酒が出たので、先《ま》ず爺いさんに杯《さかずき》を侑《すす》めて、物を言って見ると、元は相応な暮しをしただけあって、遽《にわか》に身なりを拵《こしら》えて座敷へ通った人のようではなかった。
 最初は爺いさんを邪魔にして、苛々《いらいら》したような心持になっていた末造も、次第に感情を融和させられて、全く預想《よそう》しなかった、しんみりした話をすることになった。そして末造は自分の持っている限《かぎり》のあらゆる善良な性質を表へ出すことを努めながら、心の奥には、おとなしい気立の、お玉に信頼する念を起さしめるには、この上もない、適当な機会が、偶然に生じて来たのを喜んだ。
 料理が運ばれた頃には、一座はなんとなく一家のものが遊山《ゆさん》にでも出て、料理屋に立ち寄ったかと思われるような様子になっていた。平生妻子に対しては、tyran《チラン》 のような振舞をしているので、妻からは或るときは反抗を以て、或るときは屈従を以て遇せられている末造は、女中の立った跡で、恥かしさに赤くした顔に、つつましやかな微笑を湛《たた》えて酌をするお玉を見て、これまで覚えたことのない淡い、地味な歓楽を覚えた。しかし末造はこの席で幻のように浮かんだ幸福の影を、無意識に直覚しつつも、なぜ自分の家庭生活にこう云う味が出ないかと反省したり、こう云う余所行《よそゆき》の感情を不断に維持するには、どれだけの要約がいるか、その要約が自分や妻に充たされるものか、充たされないものかと商量したりする程の、緻密《ちみつ》な思慮は持っていなかった。
 突然塀の外に、かちかちと拍子木を打つ音がした。続いて「へい、何か一枚|御贔屓様《ごひいきさま》を」と云った。二階にしていた三味線の音《ね》が止まって、女中が手摩《てすり》に掴《つか》まって何か言っている。下では、「へい、さようなら成田屋の河内山《こうちやま》と音羽屋《おとわや》の直侍《なおざむらい》を一つ、最初は河内山」と云って、声色《こわいろ》を使いはじめた。
 銚子《ちょうし》を換えに来ていた女中が、「おや、今晩のは本当のでございます」と云った。
 末造には分からなかった。「本当のだの、嘘《うそ》のだのと云って、色々ありますかい」
「いえ、近頃は大学の学生さんが遣ってお廻りになります」
「失《や》っ張《ぱり》鳴物入で」
「ええ。支度から何からそっくりでございます。でもお声で分かります」
「そんなら極《き》まった人ですね」
「ええ。お一人しか、なさる方はございません」女中は笑っている。
「姉《ね》えさん、知っているのだね」
「こちらへもちょいちょいいらっしゃった方だもんですから」
 爺いさんが傍《そば》から云った。「学生さんにも、御器用な方があるものですね」
 女中は黙っていた。
 末造が妙に笑った。「どうせそんなのは、学校では出来ない学生なのですよ」こう云って、心の中《うち》には自分の所へ、いつも来る学生共の事を考えている。中には随分職人の真似をして、小店と云う所を冷かすのが面白いなどと云って、不断も職人のような詞遣《ことばづかい》をしている人がある。しかしまさか真面目に声色を遣って歩く人があろうとは、末造も思っていなかったのである。
 一座の話を黙って聞いているお玉を、末造がちょっと見て云った。
「お玉さんは誰が贔屓ですか」
「わたくし贔屓なんかございませんの」
 爺いさんが詞を添えた。「芝居へ一向まいりませんのですから。柳盛座がじき近所なので、町内の娘さん達がみな覗《のぞ》きにまいりましても、お玉はちっともまいりません。好きな娘さん達は、あのどんちゃんどんちゃんが聞えては内にじっとしてはいられませんそうで」
 爺いさんの話は、つい娘自慢になりたがるのである。

     捌《はち》

 話が極まって、お玉は無縁坂へ越して来ることになった。
 ところが、末造がひどく簡単に考えていた、この引越《ひきこし》にも多少の面倒が附き纏った。それはお玉が父親をなるたけ近い所に置いて、ちょいちょい尋ねて行って、気を附けて上げるようにしたいと云い出したからである。最初からお玉は、自分が貰う給金の大部分を割いて親に送って、もう六十を越している親に不自
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