ぐち》の中を、項《うなじ》を屈《かが》めて覗《のぞ》き込んだ。小さい銀貨を捜しているのである。
店は仲町の南側の「たしがらや」であった。「たしがらや倒《さか》さに読めばやらかした」と、何者かの言い出した、珍らしい屋号のこの店には、金字を印刷した、赤い紙袋に入れた、歯磨を売っていた。まだ錬歯磨なんぞの舶来していなかったその頃、上等のざら附かない製品は、牡丹《ぼたん》の香《におい》のする、岸田の花王散と、このたしがらやの歯磨とであった。店の前の女は別人でない。朝早く父親の所を訪ねた帰りに、歯磨を買いに寄ったお玉であった。
お常が四五歩通り過ぎた時、女中が※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》いた。「奥さん。あれですよ。無縁坂の女は」
黙って頷《うなず》いたお常には、この詞が格別の効果を与えないので、女中は意外に思った。あの女は芸者ではないと思うと同時に、お常は本能的に無縁坂の女だと云うことを暁《さと》っていたのである。それには女中が只美しい女がいると云うだけで、袖を引いて教えはしない筈だと云う判断も手伝っているが、今一つ意外な事が影響している。それはお玉が膝の所に寄せ掛
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