烽ヨ尋ねて来る好い女はなんだろうと穿鑿《せんさく》して、とうとう高利貸の妾だそうだと突き留めたものもある。若し両隣に口のうるさい人でもいると、爺いさんがどんなに心安立《こころやすだて》をせずにいても、無理にも厭な噂《うわさ》を聞せられるのだが、為合せな事には一方の隣が博物館の属官で、法帖《ほうじょう》なんぞをいじって手習ばかりしている男、一方の隣がもう珍らしいものになっている板木師《はんぎし》で、篆刻《てんこく》なんぞには手を出さぬ男だから、どちらも爺いさんの心の平和を破るような虞《おそれ》はない。まだ並んでいる家の中で、店を開けて商売をしているのは蕎麦屋《そばや》の蓮玉庵と煎餅屋《せんべいや》と、その先きのもう広小路の角に近い処の十三屋と云う櫛屋《くしや》との外には無かった時代である。
 爺いさんは格子戸を開けて這入《はい》る人のけはい、軽げな駒下駄の音だけで、まだ優しい声のおとないを聞かぬうちに、もうお玉が来たのだと云うことを知って、読みさしの後風土記を下に置いて待っている。掛けていた目金を脱《はず》して、可哀い娘の顔を見る日は、爺いさんのためには祭日である。娘が来れば、きっと目金
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