った人の女房や子供に、わたし達親子のようななりをしているものがあるだろうか。今から思って見れば、あの女がいたお蔭で、わたし達に構ってくれなかったかも知れない。吉田さんの持物だったなんと云うのも、本当だかどうだか当にはならない。七曲りとかにいた時分から、内で囲って置いたかも知れない。いや。きっとそうに違ない。金廻りが好くなって、自分の着物や持物に贅沢《ぜいたく》をするようになったのを、附合があるからだのなんのと云ったが、あの女がいたからだろう。わたしをどこへでも連れて行かずに、あの女を連れて行ったに違ない。ええ、悔やしい。こんな事を思っていると、突然女中が叫んだ。
「あら、奥さん。どこへいらっしゃるのです」
 お常はびっくりして立ち留まった。下を向いてずんずん歩いていて、我家の門《かど》を通り過きようとしたのである。
 女中が無遠慮に笑った。

     拾肆《じゅうし》

 朝の食事の跡始末をして置いて、お常が買物に出掛ける時、末造は烟草を呑みつつ新聞を読んでいたが、帰って見れば、もう留守になっていた。若し内にいたら、なんと云って好《い》いかは知らぬが、とにかく打っ附かって、むしゃぶり附いて、なんとでも云って遣りたいような心持で帰ったお常は拍子抜けがした。午食《ひるしょく》の支度もしなくてはならない。もう間もなく入用《いりよう》になる子供の袷《あわせ》の縫い掛けてあるのも縫わなくてはならない。お常は器械的に、いつものように働いているうちに、夫に打っ附かろうと思った鋭鋒《えいほう》は次第に挫《くじ》けて来た。これまでもひどい勢《いきおい》で、石垣に頭を打ち附ける積りで、夫に衝突したことは、度々ある。しかしいつも頭にあらがう筈の石垣が、腕を避ける暖簾《のれん》であるのに驚かされる。そして夫が滑かな舌で、道理らしい事を言うのを聞いていると、いつかその道理に服するのではなくて、只何がなしに萎《な》やされてしまうのである。きょうはなんだか、その第一の襲撃も旨《うま》く出来そうには思われなくなって来る。お常は子供を相手に午食を食べる。喧嘩をする子供の裁判をする。袷を縫う。又夕食の支度をする。子供に行水を遣わせて、自分も使う。蚊遣《かやり》をしながら夕食を食べる。食後に遊びに出た子供が遊び草臥《くたび》れて帰る。女中が勝手から出て来て、極まった所に床を取ったり、蚊帳《かや》を弔《
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