みづ》でも好《い》い、湯《ゆ》でも茶《ちや》でも好《い》いのである。不潔《ふけつ》な水《みづ》でなかつたのは、閭《りよ》がためには勿怪《もつけ》の幸《さいはひ》であつた。暫《しばら》く見詰《みつ》めてゐるうちに、閭《りよ》は覺《おぼ》えず精神《せいしん》を僧《そう》の捧《さゝ》げてゐる水《みづ》に集注《しふちゆう》した。
此《この》時《とき》僧《そう》は鐵鉢《てつぱつ》の水《みづ》を口《くち》に銜《ふく》んで、突然《とつぜん》ふつと閭《りよ》の頭《あたま》に吹《ふ》き懸《か》けた。
閭《りよ》はびつくりして、背中《せなか》に冷汗《ひやあせ》が出《で》た。
「お頭痛《づつう》は」と僧《そう》が問《と》うた。
「あ。癒《なほ》りました。」實際《じつさい》閭《りよ》はこれまで頭痛《づつう》がする、頭痛《づつう》がすると氣《き》にしてゐて、どうしても癒《なほ》らせずにゐた頭痛《づつう》を、坊主《ばうず》の水《みづ》に氣《き》を取《と》られて、取《と》り逃《に》がしてしまつたのである。
僧《そう》は徐《しづ》かに鉢《はち》に殘《のこ》つた水《みづ》を床《ゆか》に傾《かたむ》けた。そして「そ
前へ
次へ
全26ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング