をはいている。今一人は木の皮で編んだ帽をかぶって、足には木履《ぼくり》をはいている。どちらも痩《や》せてみすぼらしい小男で、豊干のような大男ではない。
 道翹が呼びかけたとき、頭を剥き出した方は振り向いてにやりと笑ったが、返事はしなかった。これが拾得だと見える。帽をかぶった方は身動きもしない。これが寒山なのであろう。
 閭はこう見当をつけて二人のそばへ進み寄った。そして袖を掻《か》き合わせてうやうやしく礼をして、「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋《しひぎょたい》、閭|丘胤《きゅういん》と申すものでございます」と名のった。
 二人は同時に閭を一目見た。それから二人で顏を見合わせて腹の底からこみ上げて来るような笑い声を出したかと思うと、一しょに立ち上がって、厨を駆け出して逃げた。逃げしなに寒山が「豊干がしゃべったな」と言ったのが聞えた。
 驚いてあとを見送っている閭が周囲には、飯や菜や汁を盛っていた僧らが、ぞろぞろと来てたかった。道翹は真蒼《まっさお》な顏をして立ちすくんでいた。
[#地から1字上げ]大正五年一月



底本:「日本の文学3 森鴎外(二)」中央公論社
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