まつてゐる。己は屋根の上に立つてゐる。広い広い大洋の中の離島《はなれじま》にゐるやうな気がする。只側に粘土《ねばつち》で下手に築き上げた煙突が立つてゐて、足の下に犬が這ひ寄つてゐるだけである。物音がまるで絶えて、どこもかしこも寒くて気味が悪い。夜が沈黙して、世界に羽を広げてゐるのである。
 ケルベロスがうなつた。多分ひどい寒《かん》が来さうなので、嘆いてゐるのであらう。犬は体を己の足に摩り寄せて、鼻端《はなつら》を突き出して、耳を立てて、闇の中に気を配つてゐる。
 突然犬が耳を動かして吠えた。己も耳を欹てた。暫くは何も聞えなかつた。その内静寂を破つて、或る音が聞えた。又聞えた。あれは馬の蹄の音である。まだ遠い畑の上を歩いてゐるらしい。
 あの音の工合で察するに、馬に乗つて歩いてゐる人間はまだ二ヱルスト位隔たつてゐる筈だ。己はかう思つて雪の階段を踏んで降りた。顔を剥き出しにして一分間この寒い空気に当つてゐると、頬か鼻かが凍《こゞ》えてしまふ危険がある。犬も、蹄の音の聞える方角へ向いて吠え続けながら、己に付いて降りて来た。
 間もなく焚き付けた薪《たきゞ》が煖炉の中で燃え始めた。その薪を兼
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