。そして話を為掛《しか》けてあるのを忘れたか、それとも跡を話したくなくなつたかと思はれる様子をしてゐる。そこで話の結末が聞きたいと云つて催促して見た。
 ワシリは機嫌を直さずに答へた。「なんの話す程の事があるものですか。どんな事を云つて好いか、分からなくなつてしまひました。兎に角随分ひどい目に逢つたのですよ。ああ。併し話し出したものですから話してしまはなくてはなりますまいなあ。」
「それから十二日の間歩きましたが、まだ島の果までは行き付かなかつたのです。一体なら八日で、向岸へ越される筈なのですが、用心をしなくてはならないのと、案内者の好いのがないのとで、無駄をしたのです。海岸を歩けば平地であるのに、岩山に登つたり、谷合《たにあひ》の沼を渡つたりして時間を費したのです。最初出立する時、十二日分の食物を用意したのですから、それもそろそろ無くなり掛かつて来ました。そこで一度分の分量を減らしました。堅パンの残つてゐるのを、成るたけ食べてしまはないやうにして、てんでに食物を捜して、それで飢を凌いだのです。森の中には木の実が沢山あるものですから、成るたけそれを取つて食べるやうにしました。
 そんな風にしてリマンといふ湾のある所へ出ました。この湾の水は常に鹹《しほから》いのですが、時々黒竜江の水が押して来ると、淡水になつて、飲む事が出来るのです。こゝからボオトに乗つて出れば、黒竜江へ這入られるのです。
 どうしてボオトを手に入れようかと相談したところが、老人はもう疲れ果てゝ、目がどんよりしてゐて、なんの智慧も出ないのです。それでもとうとうかう云ひました。
「どうせボオトは土人の持つてゐるのを手に入れるのだ。」
 これだけの事は云ひましたが、その土人をどこへ捜しに行つたら好いか、又土人の手から船を得るには、どういふ手段を取つたら好いかといふ事は、老人が教へてくれません。
 そこでヲロヂカとマカロフとわたくしとで、同志の者にかう云ひました。
「おい。皆の者はこゝで待つてゐてくれ。己達はこの岸に沿うて歩いて見る。為合《しあは》せが好かつたら、土人を見付けて、どうにかしてボオトを手に入れようと思ふ。二三艘もあれば結構だがさう行かなければ、一艘でも手に入れるやうにしよう。みんな用心してゐるのだぜ。この辺にも警戒線が布《し》いてあるかも知れないから。」
 かう云つてみんなを残して置いて、わたくし共三人は岸を歩き出しました。少し歩いて岩のある所へ来ると、そこに網を繕つてゐる男がゐるのです。このオルクン奴《め》をわたくし共に逢はせて下さつたのは、実に神のお恵みだと思ひます。」
「なんだい。そのオルクンといふのは。その男の名かい。」
「どうですかねえ。さういふ名だつたかも知れません。併しわたくしの察したところでは、どうもオルクンといふのは酋長といふ事らしかつたのです。兎に角何がなんだか分からなかつたのですけれども。わたくし共は、そいつを驚かして、逃がしてはならないと思つて、用心してそろそろ側へ寄りました。それから間が近くなつた時、突然側へ駈け付けて、その男を取り巻きました。その時そいつが指で自分の顔をさしてオルクン、オルクンといふのです。
 わたくし共はなんの事だか分かりませんが、こつちもどうかして用事を向うへ知らせて遣らうと思つて工夫をしました。とうとうヲロヂカが杖で砂の上へ、舶《ふね》の形をかいて見せました。こんな物がいるといふ積りですね。
 さうすると、その男がちよつと考へてゐたが、直ぐに呑み込んで合点合点をしました。それから手の指を出して二本見せたり、五本見せたり、又十本皆見せたりしたのです。なんの積りだらうと、三人で相談しましたが、とうとうマカロフが暁《さと》りました。
「おい。これは己達の仲間が何人ゐるかと問ふのだぜ。人数次第で、ボオトが幾ついるといふ事になるのだらう。」
 成程といふので、わたくし共は、そいつに十二といふ数を知らせました。それは直ぐに呑み込んでくれました。
 それからそいつが、こつちの仲間の所へ連れて行けと、手真似でいふのです。最初はどうしようかと思つて考へましたが、外にしやうがないので、連れて行く事にしました。どうも歩いて海は越されませんから、そいつに手伝つて、船を拵へて貰ふ外、為方がなかつたものですからね。
 同志の者も、わたくし共がその男を連れて来たのを見て、最初は不平らしい顔をしました。
「なんだつてそんなものを引つ張つて来たのだい。それでは己達の隠家が知れてしまふぢやないか。」
「黙つてゐろ。連れて来なくつてはならないから連れて来たのだ。」
 こんな事を言ひ合つてゐるのに、例の男は平気で同志の者の中に交つて、みんなの着てゐる上着を手で障つてゐるのです。
 そこでみんなで二重に持つてゐる上着を脱いで遣ると、男はそれを受け
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