Coeur《キョオル》 の尼達が、この間《ま》で讃美歌を歌わせていたのであろう。
巣の内の雛《ひな》が親鳥の来るのを見つけたように、一列に并《なら》んだ娘達が桃色の脣《くちびる》を開いて歌ったことであろう。
その賑《にぎ》やかな声は今は聞えない。
しかしそれと違った賑やかさがこの間を領している。或る別様の生活がこの間を領している。それは声の無い生活である。声は無いが、強烈な、錬稠《れんちゅう》せられた、顫動《せんどう》している、別様の生活である。
幾つかの台の上に、幾つかの礬土《ばんど》の塊《かたまり》がある。又|外《ほか》の台の上にはごつごつした大理石の塊もある。日光の下に種々の植物が華さくように、同時に幾つかの為事《しごと》を始めて、かわるがわる気の向いたのに手を着ける習慣になっているので、幾つかの作品が後《おく》れたり先だったりして、この人の手の下に、自然のように生長して行くのである。この人は恐るべき形の記憶を有している。その作品は手を動さない間にも生長しているのである。この人は恐るべき意志の集中力を有している。為事に掛かった刹那《せつな》に、もう数時間前から為事をし続け
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