ているような態度になることが出来るのである。
ロダンは晴やかな顔つきをして、このあまたの半成の作品を見渡した。広々とした額。中《なか》ほどに節のあるような鼻。白いたっぷりある髯《ひげ》が腮《あご》の周囲に簇《むら》がっている。
戸をこつこつ叩《たた》く音がする。
「Entrez《アントレエ》 !」
底に力の籠《こも》った、老人らしくない声が広間の空気を波立たせた。
戸を開けて這入《はい》って来たのは、ユダヤ教徒かと思われるような、褐色《かっしょく》の髪の濃い、三十代の痩《や》せた男である。
お約束の Mademoiselle《マドモアセユ》[#ルビの「マドモアセユ」は底本では「マドモアセエ」] Hanako《ハナコ》 を連れて来たと云った。
ロダンは這入って来た男を見た時も、その詞《ことば》を聞いた時も、別に顔色をも動かさなかった。
いつか Kambodscha《カンボヂヤ》 の酋長がパリに滞在していた頃、それが連れて来ていた踊子を見て、繊《ほそ》く長い手足の、しなやかな運動に、人を迷わせるような、一種の趣のあるのを感じたことがある。その時急いで取った dessins《デッサン》 が今も残っているのである。そういう風に、どの人種にも美しいところがある。それを見つける人の目次第で美しいところがあると信じているロダンは、この間から花子という日本の女が 〔varie'te'〕《ワリエテエ》 に出ているということを聞いて、それを連れて来て見せてくれるように、伝《つて》を求めて、花子を買って出している男に頼んでおいたのである。
今来たのはその興行師である。〔Impre'sario〕《アンプレサリオ》 である。
「こっちへ這入らせて下さい」とロダンはいった。椅子をも指《さ》さないのは、その暇《いとま》がないからばかりではない。
「通訳をする人が一しょに来ていますが。」機嫌《きげん》を伺《うかが》うように云うのである。
「それは誰ですか。フランス人ですか。」
「いいえ。日本人です。L'Institut《ランスチチュウ》 Pasteur《パストョオル》 で為事をしている学生ですが、先生の所へ呼ばれたということを花子に聞いて、望んで通訳をしに来たのです。」
「よろしい。一しょに這入らせて下さい。」
興行師は承知して出て行った。
直ぐに男女の日本人が這入って来た。二人と
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