オてゐる学生ですが、先生の所へ呼ばれたといふことを花子に聞いて、望んで通訳をしに来たのです。」
「宜しい。一しよに這入らせて下さい。」
興行師は承知して出て行つた。
直ぐに男女の日本人が這入つて来た。二人共際立つて小さく見える。跡に附いて這入つて戸を締める興行師も、大きい男ではないのに、二人の日本人はその男の耳までしかないのである。
ロダンの目は注意して物を視るとき、内眥に深く刻んだやうな皺が出来る。この時その皺が出来た。視線は学生から花子に移つて、そこに暫く留まつてゐる。
学生は挨拶をして、ロダンの出した、腱の一本一本浮いてゐる右の手を握つた。〔La Danai:de〕 や Le Baiser や Le Penseur を作つた手を握つた。そして名刺入から、医学士久保田某と書いた名刺を出してわたした。
ロダンは名刺を一寸見て云つた。「ランスチチユウ・パストヨオルで為事をしてゐるのですか。」
「さうです。」
「もう長くゐますか。」
「三箇月になります。」
「〔Avez−vous bien travaille'〕 ?」
学生ははつと思つた。ロダンといふ人が口癖のやうに云ふ詞だと
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