》んだ。鬼は現われて水を灑《ま》き始めた。而《しか》るに弟子は召《よ》ぶを知って逐《お》うを知らぬので、満屋皆水なるに至って周章|措《お》く所を知らなかったということがある。当時の新聞雑誌はこの弟子であった。予はこれを語るにつけても、主筆猪股君がこの原稿に接して、早く既に同じ周章をせねば好いがと懸念する。予の公衆に語る習はこれにも屈せず、予は終《つい》に人の己を席に延くを待たぬようになった。自ら席を設けて公衆に語るようになった。柵草紙《しがらみそうし》と云ったのがその席だ。この柵草紙の盛時が、即ち鴎外という名の、毀誉褒貶《きよほうへん》の旋風《つむじかぜ》に翻弄《ほんろう》せられて、予に実に副《かな》わざる偽《いつわり》の幸福を贈り、予に学界官途の不信任を与えた時である。その頃露伴が予に謂《い》うには、君は好んで人と議論を闘わして、ほとんど百戦百勝という有様であるが、善く泅《およ》ぐものは水に溺《おぼ》れ、善く騎《の》るものは馬より墜《お》つる訣《わけ》で、早晩《いつか》一の大議論家が出て、君をして一敗地に塗《まみ》れしむるであろうと云った。この言はある意味より見れば、確に当った、否当
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