池田瑞仙は、初め暫く市中に住んで、次で居を駿河台に卜し、翌十年二月六日には奥詰医師に陞《のぼ》せられた。瑞仙の家は此の如く栄達の途を進んで行つて、余所目《よそめ》には平穏事なきが如くに見えてゐた。
 しかし其裏面には幾多の葛藤があつたものと看なくてはならない。わたくしは後《のち》よりして前を顧み、果《くわ》よりして因を推し、錦橋瑞仙の妻《さい》沢《さは》を信任することが稍過ぎてゐたのではないかと疑ふ。其家に出入《いでいり》する佐々木文仲と云ふものをして、余りに深く内事に干渉するに至らしめたのではないかと疑ふ。佐々木は恐くは洋人の所謂「家庭の友」に類した地位を占むるに至つたのであらう。そして佐々木と沢との関係は、遂に養子杏春をしてこれが犠牲たらしめたのであらう。
 わたくしは嘗て杏春即京水が、霧渓撰の錦橋行状に於ても、富士川氏の写した京水墓誌の一段に於ても、虚弱者としてとりあつかはれてをり、又文中読者をしてその無学無能を想はしめむとするが如き語気あるを見て、此間に或秘密が伏蔵してゐはせぬかと疑つた。今やわたくしは京水自筆の巻物を閲《けみ》することを得て、此間の消息を明にした。駿河台の池田
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