つた。
試に江木鰐水の行状を出して再読するに、わたくしは二者の間に甚だしき牴牾《ていご》あるを見ない。鰐水の「且勿喧、我将仮寐」は里恵の「ふし被申候」と符合する。惟《たゞ》鰐水は「著眼鏡」と云ひ、「不脱眼鏡」と云ひ、又「閣筆」と云つて、多く具象的文字を用ゐた。里恵の聞いて実に非ずとなすものは、或は其間に存したのではなからうか。
それは兎まれ角まれ、今根本史料たる価値を問ふときは、里恵の書牘は鰐水の行状の上にある。後の山陽の死を叙するものは、鰐水を捨てて里恵を取らなくてはならない。山陽の最後の語は「且勿喧、我将仮寐」ではなくて、「背後にゐるのは五郎か」であつた。
わたくしの次に一|言《げん》せんと欲するは、此五郎の事である。山陽が死に瀕して名を喚《よ》んだ此五郎の事である。鍔水は師の終焉を目撃した人として石川|君達《くんたつ》を指斥《しせき》し、其リワルたる森田節斎は里恵と牧信侯《まきしんこう》とを指斥した。近時山陽のために伝を立てた諸家の云ふを聞くに、五郎は即石川君達で、石川君達は即後の関藤藤陰《せきとうとういん》ださうである。果して然らば、わたくしの未だ聞知せざる牧の観察|奈何
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