花見に往つたらしい。蘭軒雑記にかう云つてある。「吉田仲禎(名祥、号長達《ちやうたつとがうす》、東都医官)、木村駿卿、狩野卿雲、此四|人《たり》は余常汝爾之交《よつねにじよじのまじはり》を為す友也。享和之二二月廿九日仲禎君と素問|合読《がふどく》なすとてゐたりしに、卿雲おもはずも訪《とぶら》ひき。(此時仲禎卿雲初見)余が今日は美日なれば、今より駿卿へいひやりて墨田の春色賞するは如何《いかに》と問ぬ。二人そもよかるべしと、三|人《たり》して手紙|認《したゝめ》し折から、駿卿来かかりぬ。まことにめづらしき会なりと、午《ひる》の飯《いひ》たうべなどして、上野の桜を見つつ、中田圃より待乳山にのぼりてしばしながめつ。山をおりなんとせし程に、卿雲のしたしき泉屋忠兵衛といへるくるわの茶屋に遇ひぬ。其男けふは余が家居に立ちより給へと云ふ。余等いなみてわかれぬ。それより隅田の渡わたりて、隅田村、寺島、牛島の辺《あたり》、縦に横に歩みぬ。さてつゝみより梅堀をすぎ、浅草の観音に詣で、中田圃より直《すぐ》なる道をゆきて家に帰りぬ。」此文は年月日の書きざまが異様で、疑はしい所がないでもないが、わたくしは且《しばら
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