しと云つた。鰐水は石川|君達《くんたつ》が見たと答へた。
此争の児戯に類することは勿論である。何故と云ふに、原来《ぐわんらい》此の如き語は必ずしも字の如くに解せなくても好いのである。例之《たとへ》ば「手不釈巻」の語の如きは、常に見る所である。是は書を読んで倦まざるを謂ふに過ぎない。誰も絶待に手から書巻を放たぬ事とは解せぬのである。山陽が最後に手を政記に下して、「それに昼夜かゝり、生前に整頓」しようとした以上は、「猶著眼鏡、手政記、刪潤不止、(中略、)乃閣筆、不脱眼鏡而瞑」と書するも或は妨《さまたげ》なからう。その偶《たま/\》物議を生じたのは、文が臨終の事を記するものたるが故である。
わたくしは山陽が絶息の刹那に、其面上に眼鏡を装つてゐたか否かを争ふことを欲せない。わたくしは惟《たゞ》正確なる山陽終焉の記を得むと欲する。そしてこれを得んと欲するがために、今一層当時のテモアン、オキユレエルたる里恵と石川牧の二生との観察を精査せむことを欲する。
江木森田の争には、臨終の一問題に於て、江木が最後の語を保有した。その「不脱眼鏡而瞑」は、今日に迄《いた》るまで、動すべからざるものとなつてゐ
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