じよく》の上に在て茶菓を健啖し、誠に無上の歓楽、宇宙の内何の事か之に如《し》かむ、実に恐ろしき程の事、罰にても当らむかと、其のみ苦にし候。右に付小弟次第に譫語《せんご》す、宜しく妄聴し給はる可く候。先づ大兄は先大人《せんたいじん》の子と云所から、弱冠にして登庸せられ候。正大《せいだい》の直言をし、罪を被り帰されても宜しく候。しかし是は侍の事にて、帰されても外にも忠臣ある故、格別に事を闕かず、立派の忠臣也。私愚案の真の忠臣は、大兄の角力のやうに致したきものなり、何分にも打つてもはたいても、地震があらうが雷が落ちようが、粘り附き絡み附き放さず、縦令《たとひ》親父の名を汚す役に立ずと云はれても、なんでも詬《はぢ》を忍んで主君の玉体を見届けるが理《り》長《ちやう》ずるかと存じ候。即ち腹でする忠臣なり。かやうな事は千百年以前に御存知ゆゑ、言うても言はいでもの事を、はれ、やくたいもない。」大要謂ふ。士は員数多きが故に、偶《たま/\》自ら潔《いさぎよ》くするものあるを妨げない。医は替人《ていじん》なきが故に、必ず隠忍して其任を全うしなくてはならないと云ふのである。兄を諷して此|言《こと》を作《な》す
前へ 次へ
全1133ページ中626ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング