之。」
蘭軒|手沢《しゆたく》の書には古いものが頗《すこぶる》多かつたが、大抵鈔本であつた。それゆゑ当時最古の刊本として明堂鍼灸経《めいだうしんきうきやう》を推したのであらう。明堂鍼灸経とはいかなる書か。
北宋太宗の太平興国七年に、尚薬奉御《しやうやくほうぎよ》王懐隠《わうくわいいん》等に詔《みことのり》して、太平聖恵方《たいへいせいけいはう》一百巻を撰ばしめた。其書は淳化三年に成つた。太宗は自らこれに叙して、「朕尊居億兆之上、常以百姓為心、念五気之或乖、恐一物之失所、不尽生理、朕甚憫焉、所以親閲方書、俾令撰集、溥天之下、各保遐年、同我生民、躋於寿域、今編勒成一百巻、命曰太平聖恵方、仍令彫刻印版、※[#「彳+扁」、第3水準1−84−34]施華弟、凡爾生霊、宜知朕意」と云つてゐる。即ち十世紀の書である。
太平聖恵方の完本は、躋寿館《せいじゆくわん》に永正中の鈔本の覆写本があつた。其刊本は同館に七十三、七十四、七十九、八十、八十一の五巻を儲《たくは》へてゐたのみである。
然るに此聖恵方の第一百巻に黄帝明堂鍼灸経が収めてあつた。是は素《もと》唐以前の書で、王等が採り用ゐたのである。既
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